水谷石材ブログ

社長の想い

2021.04.01

下田街道 教導石再建

 下田街道 教導石再建
大河ドラマ「青天を衝け」見てますか?
2021年3月31日は、1854年3月31日(嘉永7年旧暦3月3日)日米和親条約が締結されてから167年でした。
これにより幕府は鎖国政策を改め下田と箱館が開港され、下田街道は、それ以降往来が特に盛んになりました。
3月28日放送では、アメリカ総領事ハリス一行が江戸入りした場面がありましたが、下田玉泉寺に置かれたアメリカ総領事館から江戸に向かったハリス一行が湯ヶ島弘道寺から伊豆市小立野や湯川橋を通過し三島宿に到着したのは、164年前1857年11月25日(安政4年旧暦10月9日)の事でした。
この度、依頼により下田街道修善寺道分岐点に教導石を再建しましたのも、歴史街道としての下田街道をもう一度地域の宝として活用しながら観光振興・地域活性化の一助、道標になればとの思いでした。
お近くにお越しの際は、見ていただけたら幸甚です。
また、下田街道について色々な書籍もあります。最近は橋本敬之先生の発刊された「下田街道の風景」も地域の歴史が詳しく書かれています。興味のある方は是非ご一読ください。
Google Earth リンク
教導石設置場所
下記教導石説明文
教導石について
明治二十二年(1889)十月、下田街道と修善寺道の分岐点に下狩野村小立野土屋善助氏により教導石が建立された。
昭和三十三年(1958)九月二十六日の狩野川台風後、教導石は道路拡張工事等の理由により撤去され、長らく放置されていたものを、
昭和六十年(1985)修善寺町により新下田街道と修善寺温泉との分岐点伊豆市大下に移設された。
平成二十八年(2016)三月、新湯川橋開通に伴う交差点改良工事により、以前教導石の在った此の場所が市有地となり、
令和三年(2021)三月、地域の歴史を大切にする有志により新たな教導石が再建された。

2021.03.26

西念寺との思い出

伊豆市本立野

西念寺の枝垂れ桜🌸が満開です。
例年より早目の開花
今年後半からは本堂建て替え工事が始まる予定
子どもの頃、
西念寺、れんげ保育園に通い皆んなとお昼寝をして、おやつ時にはカルピスを飲んだ本堂が無くなってしまうと思うと寂しい限り。
れんげ保育園に通った皆さん、本堂をバックの桜の花は見納めです。
お時間あったら是非お出かけください。

2021.03.21

母校三島南高校

第93回選抜高校野球

三島南高校応援バス一行
9号車
3月19日
22時10分
三島駅出発
3月20日22時2分
三島駅帰着
丸々24時間
弾丸応援ツアーでした。

2020.10.24

水谷石材 工場見学

 昨日は伊豆総合高校の生徒さんたちが、当社の工場へ職場見学に来てくれました。
当社も高校生が見学に来るというのは初めてのことで、若干そわそわしながらのお出迎えとなってしまいました
見学は、工場での原石加工の様子や石の種類の違い、彫刻・磨きの工程など見学・社長:隆一へのインタビューなどをしてもらいました。
この内容を学生たちが記事としてまとめてくれるようです。
今回の見学で、高校生がなかなか関わる機会の少ないと思われる、この石屋という仕事に対して彼らの感じた感想などを知ることが出来るのはとても楽しみです

2020.06.30

社長の思い


仕事柄墓石の刻字を読むのですが、今仕事をしている墓地の一角に大きな日露戦争戦没者の墓石があるので読んでみたところ
墓石側面には生立ちに続いて第二軍の転戦過程が刻まれ、明治37年(1904)8月31日首山堡にて戦死とありました。同日同地では歩兵第三四聯隊橘周太大隊長も戦死された激闘の地に伊豆から出征した22歳の若者がいたことを忘れてはいけないと思い投稿します。
下記は刻字の途中抜粋です。
三十四年十二月入歩兵第三十四聯隊三十七年八月進上等兵同年日露戰役興五月上陸清國猴兎石參與普蘭店附近戰闘爾後參與於六月得利寺附近七月蓋平附近及大石橋附近八月海城附近及鞍山站附近之各戰闘尋參與遼陽附近首山堡之激戰奮進突撃君遂戰死實明治三十七年八月三十一日
挿絵は↓から引用
橘中佐についても記載があります。

http://www.hyperdouraku.com/ev…/jgsdf_itazuma2012/part3.html

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